誰かの「その人なりに」を見かけるだけで嬉しい
直近の2投稿に関連して。
先日の投稿で、アウトライナーは常に使っていながらこう使っていますという話はなかなか思い浮かばない、ということを書きましたが、tasuさんも「いざアウトライナーについて語ろうと思っても、言葉がでてきません」とお書きになっているのを見て勝手に親近感を抱きました。
そして倉下さんの以下の分析に確かにそうだと肯きました。
日常的に使っているツール、当たり前に使っているツールほどうまく言葉になりません。これは当然です。なにせ「当たり前に使っている」というのは、使う上で意識の起動が不要な状態になっている、ということであり、言語化には意識化が避けては通れないのですから。
それに比べると、新しいツール、使いはじめたばかりのツールはじゃんじゃん言葉が出てきます。大当たり中のパチンコみたいなものです。そこでは意識がやたらめったら働いているので、言葉になりまくりなのです。
新しいものへの感動ではなく、自分にとっては既にわかりきっていることの中にある、素朴な「良さ」を取り出してみるということ。焦点を当て直さなければならないという点で難しさはありますが、しかし考えてみるに、多分難しく考える必要はないのだろうと思いました。このことについて言葉にしようと思って、この投稿を書いています。
倉下さんも引用なさっている箇所ですが、tasuさんは冒頭でこう書いていらっしゃいます。
デイリーノート、指針、思いついたことを書く、……。手書きなどの特別な工程を除き、何かを始めるときはとりあえずアウトライナーに書いてみる、と言って良いと思います。
倉下さんのご感想も引用致します。
でもって、「デイリーノート」も「指針」も「思いついたことを書く」も具体的にどんな風に書いているのかが気になります。そういう「使い方」の話に私は興味津々なわけです。
私も全く同じ気持ちです。そして、そこについて「もっと詳しく知りたい」という気持ちもありますが、実のところ「デイリーノート、指針、思いついたことを書く」「何かを始めるとき」の部分だけで既に結構嬉しいです。具体的にどうなさっているかはわかりませんが、それにもかかわらず、そのようにしてアウトライナーを使っているのだという事実だけでなんだかわくわくします。
Tak.さんがnoteでの「アウトライナーライフ」という連載にて、実際に実践なさっていることをガンガン掲載していらっしゃいますが、それもやはり嬉しい感じがします。役に立つから、自分の生活にも取り込めるから、というより(それももちろんあるのですが)、シンプルに「誰かのその人なりのやり方を見れて嬉しい」という気持ちです。
他の場所で何度か書いていますが、私は「日経ビジネスアソシエ」という雑誌の手帳特集がとても好きでした。多分この雑誌についてはこの界隈(?)ならご存知の方が多かろうと思います。あとは他の媒体でほぼ日手帳やモレスキンなどの用例もあちこちで見ました。もうどれをどれで見たのかわからなくなってしまいましたが、本当に多彩な例を目にしました。カラフルで工夫している感満載のものもあれば、黒一色で剛毅木訥な力強さを感じるものもありました。みっちり詰め込むように書いているものもあれば、時々必要が生じた日に必要な分だけ書くというスカスカな手帳もありました。どの例も同じようにわくわくして見ました。
昨今デジタルツールの使い方について語るとなれば「あれをこうして、こっちであれして」という手順の説明をすることが多いように思われます。一方で雑誌の手帳特集が楽しかったのは、写真で実物を見れたことにあります。手順の説明もあればよりありがたくはありますが、正直あってもなくてもいいくらいでした。その例について「わかる」かどうかより、誰かがその人なりに工夫して生きているということを「垣間見た」だけで嬉しいからです。
(デジタルツールの場合は、スクリーンショットだけ見ても、手書きではないことでニュアンスが掴みにくい上に、レイアウト的に意味合いが自明でない場合も多く感じます。どうしても説明せざるを得ない面もあるでしょう。)
手帳以外にも、部屋の様子とか廃品利用とかそういうものを見ると大変わくわくします。あとは自分がわからないプログラミング言語でも「これをこうしているんですよ」というような語りを見かけるとわくわくします。内容がわかれば実際的に助かるということはありますが、たとえよくわからなくても「見れて嬉しい」という部分は変わらないようです。
工夫らしい工夫、方法らしい方法でなくとも、「これをこうしています」という事実だけで楽しく、そしてその楽しさは、手帳のように道具自体については普通に知っているというものだとより鮮やかに思えます。知的好奇心よりもっとメンタルな部分で嬉しく感じているような気もします。
アウトライナーも「普通に知っているもの」の範疇に入っていると言える気がします。多分、有効かどうか、真新しいかどうかなんてことは関係なく、「アウトライナーを使ってこうしています」というのを聞くと楽しくて嬉しいのだと思います。おにぎりの具は何が好きか、なんていうことで割と楽しい会話になったりするのと同じようなものかもしれません。
そういえば、前に富山さんが投稿なさっていたiTunesの応用の話に私は甚く興奮して、その後幾度か読み返してiTunesのUIに思いを馳せたりしたのを思い出しました。
発想自体に驚いたこともありますし、iTunesという個人的にかつて超がつくほど使い倒したツールについての工夫を知れたことが私には大変に嬉しかったのです。