情報を取り出すトリガー/「自分の尺度」を鍛えるツールデザイン
「Evernoteの用途と「Evernote体験」の質」のコメント集
先日書いた記事のコメント欄で、なかなか濃いやり取りが生まれました。記事のコメントという形だと他の方の目に触れる可能性があまりないと思うので、そのまま転記して記事にしたいと思います。(御二方には転載の許可をいただいています。)
本題に直接関係のないこと(コメントすることそのもの、コメントの記述をどうするかの話)もありますが、トンネルChannelに書く時にどうすると良さそうかという検討の種を含んでいると思うのでそのまま載せることに致します。
tasuさん
個人の情報整理環境を考える時に、「その良さを実際に体感したか」は非常に影響の大きい項目だなぁと私も思います。(組織の対義語としての)個人の環境構築は、基本的にその人に裁量権が与えられているからですね。
そして「その良さを実際に体感したか」を測定する指標として、「取り出す頻度」を挙げられていたのもその通りだと思いました。
■
加えて、(意味するところは、かなり重なるかとも思いますが、)私個人の経験でいうと、情報を「取り出すトリガー」が決まっていたことも大きかったように思います。Evernoteに保存していた情報は、いわゆる「タスク」や「プロジェクト」の下位にぶら下がる情報がほとんどでした。それぞれが、どのように取り出す情報か決まっているものです。情報は大量でしたが、Evernoteには、このような情報整理レベル1(勝手につけました。)の情報ばかり保存していた気がします。
これが、「何に使うか分からないけど、良いかもしれない」みたいな、情報整理レベル99(てきとうです。)の情報となると、使用体験は大きく異なっただろうなぁとも思います。取り出せたら良いときに取り出せず、関係ないときに目に入る(そして、「あの時取り出せていれば良かったのに」と思ったり)と、ツールに対する信頼は損なわれるなぁと。
■
Evernoteは、振り返ってみると、情報をシステムに「取り込む」ことのすごさ(取り込み方法の多様性、特定の情報を自動取り込み、などなど)を強く推されていた気がします。
ただ、情報をシステムに「取り込む」際、同時に、その情報を「どう取り出すか」をデザインしないと破綻してしまうのかもしれないと思いました。
やっぱり「何に使うか分からないけど、良いかもしれない」情報の難易度が高いですね。2hopリンクは一つの解かと思いますが、他にも何か方法がある気もします。(「何に使うか分からない」ことについて、言語化(・細分化)する必要がある気がしますが、ちょっとコメントが長くなりすぎてしまいました…。)
のらてつ→tasuさん
>情報を「取り出すトリガー」が決まっていたことも大きかったように思います。
これは本当にその通りだと思います。ちょっと考えの詰め方が甘くて「頻度」としましたが、実際のところは頻度というより仰る通り「トリガー」が肝心な気がしますね。
>取り出せたら良いときに取り出せず、関係ないときに目に入る(そして、「あの時取り出せていれば良かったのに」と思ったり)と、ツールに対する信頼は損なわれるなぁと。
まさにその通りと思います。我が意を得たり、と思いました。更に(私の場合はですが)、そのツールを使っている自分自身に対する信頼も損なわれて、一人で不本意感を膨らませることになりました…。
>2hopリンクは一つの解かと思いますが、他にも何か方法がある気もします。
そうなんですよね。2hopリンクとバックリンク、あるいはサジェスト機能によって、Evernoteしかなかった時代の困りごとは随分解決されたような気がします。ただ、仰るように「どう取り出すか」をデザインしないと破綻するという中で、「うまくデザインする」という個人のセンスの向上を保留して「デザインしなくともフォローしてくれる」という方向の解決策に頼ってしまうと、なんとなくどこかに限界があるような気もして、デザインする力をうまく鍛えられる何かがあれば…と思いました。
一部のみ引用・言及致しましたが、いずれのご指摘も「そうなんですよ!」と思いました。自分だけではなかなか辿り着けなかったかもしれません。大変有益なコメントをありがとうございました。
Go Fujitaさん
情報をとりだすトリガー(動機)が、とりだす頻度を決めたりすることになりそうですから、のらてつさんも言っているように、トリガーがより大切ということもナルホド、という気がします。
その一方で、トリガーって何かって考えると、その情報をつかう「目的」のようなもので、これが事前(情報を放りこむとき)にはっきり決められないことも多い、というのがぼくたちの日々のリアルではないかと思っています。
最初に普及したリレーショナル型のデータベースは、融通のきかない、最初に決めたフレームワークを変化させ難いデザインでした。データの「型」を事前に決める、その型にそったデータしか入れることができないものでした。
Evernote や Yojimbo などのすごいところは、事前の設計なしに、何でもそこに放りこめるデータベースをぼくたちがパーソナルに使える形で実装したことだったと、ぼくは考えています。
なので、トリガーにこだわりすぎると、せっかくのEvernoteたちの開いた道をまたあと戻りする可能性もあるのではないかと、個人的には考えています。
ではどうすればいいのか、まだうまくことばにできないのですが..。
のらてつ→Go Fujitaさん
事前にトリガーを決められないというのはその通りだと思います。情報整理に関して「設計」が如何に難しいかというのはそこにあるような気がしますね。
>のらてつさんも言っているように、トリガーがより大切
どちらかというと、「Evernoteを使うにあたってはトリガーが大切」というより、「Evernoteを良いツールだと実感する体験を得やすいのはトリガーがある使い方だ、という視点が大切」という感じですね。
私は本文中で「取り出す頻度」と書きましたが、それよりも「トリガー」の有無、つまり情報に対して「その後取り出すということをする確実性」みたいなものがどれほどあるかが、主観的な「Evernote体験」の感触を変える要素としてより妥当な尺度かなと思いました。記事の中でもそれっぽいことはかすったとは思いますが笑、ズバッといかなかった感じです。
逆にScrapboxや種々の新しめのツールは、2hopリンクやバックリンクなどによって情報が「向こうから来てくれる」ところがあるので、仕事用か個人用かでのトリガーの質の違いとはあまり関係なく使いやすいのではないかと思います。
なので、そういう「向こうから来てくれる」という要素がないEvernoteを使っていた時に感じた「なんかうまく使えない」という感触がどこから来ていたのかを考えることで、その後の「うまく使いやすい」ツール(つまり「ポストEvernote時代のツール」)の像が見えてくるような気がしています。
Goさんが語ってくださったお考えに関しても、それはよくよく掘り下げて考える必要があると感じています。
tasuさん
Go Fujitaさんにご記載いただいたEvernote以前の歴史、大変勉強になりました。
その流れがあったからこそ、「取り込みのすごさ」が推され、そしてEvernote時代を築けたのかなぁなどと、勝手に憶測してしまいました。
「目的」に重きを置きすぎることのご懸念もそのとおりで、これはNotionを試しに使ってみた時に、(個人的に)感じた息苦しさと共通するところかと思いました。(いまは簡易クラウドデータベースとしてのみ活用しておりますが、これもまた別の話ですね。派生する話がいっぱいです。笑)
■
そして、のらてつさんの「とりあえず放り込んでおく」「デザインしなくともフォローしてくれる」以外に、「デザインする力をうまく鍛えられる何かがないか」というお話も、とても興味深く感じました。
「目的」「データベース」ほど固定的でもなく、「とりあえず放り込んでおく」でもない。その中間に「良い感じ」に仮置きする、といったところでしょうか。
この点は倉下さんが「何の気なしのリストインとインボックス」で書かれていたinboxでシステム2を起動させる話にも少し関連するような気がします。
処理速度をあえて落として、思考する余白を持つといった観点です。
■
とはいえ(倉下さんの事例とは異なり、)今回の「何に使うか分からないけど、良いかもしれないもの」すべてについて、システム2をしっかりと発揮させるのは、ちょっと疲れてしまう気もします。「取り込む」時にちょうど良い塩梅の外部足場がつくれないものかなぁと思いました。(その意味で、個々の「何に使うか分からないけど、良いかもしれない」ものの前に、「「何に使うか分からないけど、良いかもしれない」と感じること」について言語化が必要ではないか、と考えた次第です。)
■
(感想)
Go Fujitaさん、のらてつさんの色々な見解がお伺いできてとても楽しいです。
当初のらてつさんの投稿に対して
「ダイレクトに関係する」かつ「私が書ける内容が記事にするほどの中身がなかった」
ので、投稿ではなくコメントで反応してしまいましたが、
皆さまの見解もメールに残すために、私がコメントしたような「記事にするほどではないちょっとしたこと」であっても、投稿にした方が良かったのでは、と少し後悔しております…。
のらてつ→tasuさん
>派生する話がいっぱいです。
いや本当に。とても刺激的です。
>この点は倉下さんが「何の気なしのリストインとインボックス」で書かれていたinboxでシステム2を起動させる話にも少し関連するような気がします。
確かにそうですね! 「全て意識的に管理しようとする」と「全く意識を向けない」の間の、「必要なだけの意識を向ける」が重要だなと思います。そしてそれは情報の種類などから規定されるものではなく(Goさんのご指摘のように事前には判断できない)、自分が自分の人生・仕事・生活に対してどういう尺度を持つかに拠るものになるだろうと思います。
それは放っておいてもあまり育たないので、ツールのデザインによって導かれるようだと理想的だなと思います。が、具体的には何も思い浮かびません笑
>「「何に使うか分からないけど、良いかもしれない」と感じること」について言語化が必要
そうなんですよね、とても同感です。
このコメント欄については、ここにこの形で置いておくのはもったいないという感がありますので、差し支えなければ「この記事のコメント欄で交わされた会話」ということでコピペして記事化しようかなと思いました。
内容として重複していても咀嚼して言い換えをしたりすると違うものが見えてくると思うので、更に改めてtasuさんが記事をお書きになったとしたらまた新たな発見が様々生まれそうだなと思います。
tasuさん
のらてつさんが書かれた「自分の人生・仕事・生活に対してどういう尺度を持つか」。それが「ツールのデザインによって導かれるようだと理想的」も、とても面白いテーマであると感じました。
尺度について、タグの考え方を持ち出すと「つける/つけない」の2値となってしまうので、もう少し解像度をあげるイメージでしょうか。
まずは単純に、それぞれの尺度に連続値のパラメータ(0~100点)を入れてみることを考えてみました。タグにグラデーションがつくイメージです。長いので、このコメント上では、グラデーションタグと呼ぶことにします(てきとうです。)。
■
例として、VSCodeの面白そうなカスタマイズ情報を入手したことを考えます。この時点では、「何に使うか分からないけど、良いかもしれないもの」です。
自分の中で、「情報処理環境の整備」「人に伝えられる文章を書けるようになりたい」の尺度があった時に、タグの管理だと「「情報処理環境の整備」のタグだけつくかなぁでも何か違うような…」といったことを感じたとします。
ここで、よくよく自身の尺度と照らし合わせてみます。すると、「(かなり可能性は低いけど)このカスタマイズをすることで、もしかしたら文章を書きやすくなって、文章力が上達するかも。」と少しだけ思っていることに気が付きます。そして、グラデーションタグに「情報整理を良くしたい:50点」、「まともな文章を書きたい:10点」と点数を入力する。
このような概念を導入した場合の変化について、少し考えてみました。
■
〇良さそうな点と広がり
・どのグラデーションタグでも点数がつかないのに、「何に使うか分からないけど、良いかもしれない」と感じた時に、自分の尺度を見直すきっかけになります。
・注目したい2つの尺度(グラデーションタグ)を選び、それぞれx軸y軸に設定することで、情報を平面上にプロットすることができます。(実装は大変ですが)理論上は、ドラッグandドロップで、点数の再設定も可能です。
・「何に使うか分からないけど、良いかもしれないもの」に対して、日頃から自分の尺度(グラデーションタグ)の点数を考えることになる。これにより、自分の尺度に対する解像度があがるかもしれません。例えば未知の情報に触れたときに、「これは自分の尺度的に…」とすぐに判断できるようになる等です。(これについては、実験してみないと確かめることはできないですね。)
〇あんまりな点と対策
・入力がとても大変そう…。
→点数を仮で入れると「過去inputした近くの点の情報がサジェスト」などなど、楽しめる要素があると、少しは使いたくなるかもしれません。
・過去の自分から、点数の入力基準や尺度(グラデーションタグ)の種類が変わる。
→入力日も付与していれば、「あの頃はあの基準で考えていたけど…」といった見方ができるかもしれません。むしろ「この時期はこの尺度だったけど、今はこっちの尺度を重視しているなぁ」などと、時間軸で追えることが有益となる可能性はあります。
(例えば、結婚してから「夫婦円満の秘訣」のような尺度(グラデーションタグ)ができたとして、独身時代にinputしていた情報に対して、これは「夫婦円満の秘訣」につかえるのでは、と一律に再設定する必要はないのでは、とも考えます。)
・放っておくと、尺度(グラデーションタグ)の数がとても増えそう。
→グラデーションタグの考え方では、尺度(グラデーションタグ)ごとの点数付け(=個別の軸で、どのように点数付けするか)を鍛えることはできそうですが、「そもそもどういう尺度を設けるべきか」については鍛えられませんね…。ここは、倉下さんの『「目標」の研究』やTak.さんの『アウトライン・プロセッシングLIFE』のお力を拝借したいところです。
■
…とここまで考えて、やっぱり「尺度(グラデーションタグ)が固定化しすぎてしまって破綻」もしくは「入力の手間に勝てなくて破綻」の可能性が高いように思えてしまいました。色々と妄想していたらまた話を発散させてしまいそうになったので、とりあえずこの投稿に対するコメントはこのあたりで止めておきます。失礼しました |彡サッ!
のらてつ→tasuさん
ああ~、それはとても面白いアプローチだと思います!
実際にツールに実装するのは、仰る通り手間の問題があって難しいのかも知れませんが、タグに対してグラデーションの程度を考えてみるというのは自分自身を知る上でかなり有効な気がしました。
>「何に使うか分からないけど、良いかもしれないもの」に対して、日頃から自分の尺度(グラデーションタグ)の点数を考えることになる。これにより、自分の尺度に対する解像度があがるかもしれません。
これは理想的な展開だと思います。漠然と「自分にとって何が大事かで判断する」と言われても、その意味はわかるものの「こういうことか」というのをキャッチするまでには少し時間がかかる気がしますが、まずタグをつけてみて、そしてそれにはまる程度をとりあえず数値化してみるということで、自分の中にどんな尺度があってどういう傾向があるのかが掴みやすくなるように思います。
実際にどういう設計にすれば有効に働くかというのはもっと詰めていく必要があるでしょうが、アイデアとして非常に興味深いもので、私も考えてみたいと思いました。





ちょっと時間が経ちましたが、思ったことを書いておきます。実験的な試みだと思うので、その所感など(内容についてではなく、投稿スタイルについてです)。
率直に感想を書くと、「読みやすいとは言えないな」と感じました。大きく二つ理由がありそうです。
一つは、コメントは「記事投稿者」(もともとの記事を書いた人)を読み手として書かれるものなので、それが「一般読者」向けの記事として現れてくると、どうしても違和感を覚えます。文体的にも、やや読みづらさがありました(コメントとして書かれているのでこれは当然でしょう)。
もう一つは、今回のやりとりに限定されるかもしれませんが、一つの投稿内に複数の話題が混ざっているので、記事を読んでいるときに内容を捉まえづらかったです。文脈を追いかけるのが結構大変でした。一つの「流れ」にはなっているのですが、結構ジグザグした感じです。
もちろん、今回だけで早急な判断はできませんが、コメントはコメントとして書いて、それを投稿する際は、面倒でも改めて記事として文章を起こすのが良さそうな気がします。
(他の人の感想も聞いてみたいところです)
なんにせよ、いろいろわかったのは一歩前進だと思います。こういうのはあらかじめ正解を知ることは不可能なので、今後ともいろいろやっていきましょう。