「記録が使えている」とは?
それはそうと「記録に失敗する」ってどういうことでしょうか。ぱっと見ると書き留めようとしているが、それが未達に終わるという印象を受けますが、記録することが自体は完了しているように思います。ということは、記録は成功しているのでは?
「いやいや、記録はしてるけど、それがうまく使えていないなら失敗でしょ」という話もありそうですが、私もたくさん記録していますが、それをうまく使えているかと言えばそういうわけでもありません。
100記録したうち使えているのって2くらいじゃないでしょうか。この比率だったら、上記の話で言えば「ほぼ失敗」になりそうです。
だからここで考えたいのは「記録を使えている」というのが具体的に(具体的にです)どういう状態なのか、ということです。漠然としたイメージ(記録を富豪的に持っていて、それを活躍してばんばんアウトプットするイメージ)ではなく、実際的にどんな用途において、どんな記録の使い方をしているのか。
それがイメージできるなら、ツールと(あるいは記録という行為と)もっと仲良くなれそうな気がします。逆に言うと、具体的なニーズのイメージがないと、他人のやり方に振り回されがちになります。
とは言えです。
はっきり言って世の中の人の大半は、まず記録することそのものに失敗します。ツールが移り変わっても記録ができているなら大金星じゃないかなと、個人的には思います。
という私の文章を引き出したので、冒頭の文章も「失敗」ではありませんね。

