Evernote 時代のなかった人のポスト Evernote
のらてつさんが、ぼくたちの反応をよんで、興味深い文章をかいてくださいました。
これは、その記事への返事のような文章です。
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ぼくは実は、Evernoteを使う頻度がずっと低いままです。でも、低い頻度でしか使っていないから、Evernoteをつかいつづけているのかなと考えています。
2012年頃だったと思います。そんなぼくも、倉下さんの『EVERNOTE『超』知的生産術』をよみ、Evernote 熱が上がったのですが、すぐ (2週間経たないうち) に挫折しました。
この大いなる挫折について、語りたいことはいくつかありますが、それは別の機会にまわしましょう。
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で、ポイントをかくと、挫折後は割り切ってEvernoteを使っています。
具体的には、研究以外の仕事や生活に必要な情報を放りこんでおいて、数か月か半年、場合によっては何年か経って必要になったときに、大変お世話になる、というパターンを繰り返しています。
つい最近だと、4年ぶりに職場のデータベースにアクセスしないといけない依頼があり、そのデータベースの正式な名前も URL も記憶はほぼ白紙状態で、途方にくれました。
でも、自分の習慣としてほぼまちがいなく Evernote に入れてあるハズと勇気をもち直し、Evernote を iPhone で起動 (iPhone だったのは、macOS よりも早く起動できるからです)。
思いついたキーワードを入れたら、最初にヒットし、めでたくそのデータベースにたどり着き、仕事もすぐに終わりました (めでたし、めでたし)。
こういう経験をすると、Evernoteに感謝してしまいますし、大事につかってあげようという気もちが高くなりますよね。
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仕事上忘れてはいけない、でもつかう頻度からすると忘れてしまう可能性の高い情報を、Evernoteが保管してくれている。そう確信できるのは、とても大きいように思います。
ぼくの場合は、研究のためのデータや情報の操作、かきながら考える作業は、アウトライナーで進めています。
しかし、アウトライナー最大の弱点は、テキストデータ以外の扱いが苦手であることと、放っておくと情報が混ざってしまうこと。
何年も同じ情報を同じ形でとっておけるEvernoteがあるおかげで、アウトライナーの上では、自由に情報を混ぜ、動かし、適当に消したり、書き加えたりできるワケです。
こうしたアウトライナーとEvernoteのようなタイプのサービスの使い分けは、オーソドックスですが、やはりとても有効だと思っています。



アンサー記事をありがとうございます! とても面白かったです。
自分のことにもかかわらずこの記事を拝読して(そしてしばらく時間を置いてやっと)気付いたのですが、Goさんの使い方の感じを、私はかなりの部分未だにアナログのファイルでやっていますね。これまで「Evernoteの使い方」という括りで考えていたので私にとってのEvernoteのイメージに引き寄せてGoさんのツイートなどを読んでしまっていたところがありますが、今イメージがパチッと繋がった感じがします。
「それこそをEvernoteでやればいい」という領域をアナログのままにしているのは時代に合っていないなと自分で思いましたが(なお画像データなどにして紛失に備えるということは大体しています)、個人的に「重要な資料」感をEvernoteでは――というかデジタルツールでは――感じにくくて、物質的な形にしていました。
でも、逆に今だとEvernoteに突っ込んでいた雑多な情報が他のツールに移り、Evernoteを「年単位で参照する可能性のある重要な資料」のための場、という意識を持って使えるかもしれないとも思いました。
自分語りになってしまい恐縮ですが、今まで血流が滞っていたところにスッと流れたような感じがします。ありがとうございました。
(「大いなる挫折」が語られることを心待ちにしています。)