メタ・ノウハウ論
以下の投稿を読みました。
以前から私が考えている「メタ・ノウハウ」が語られていたように思います。
この世の中「ノウハウ」はたくさん提示されています。さまざまなことを成し遂げるための方法は、ジャンルごとに細分化されて、いくらでも見つけることが可能です。
しかし、そうした「ノウハウ」とどう付きあうのか、という話はあまり語られません。ノウハウを使うためのノウハウ。つまりメタ・ノウハウです。
『独学大全』という本は、そのメタ・ノウハウを提示している一冊だと思いますし、手前みそながら『すべてはノートからはじまる あなたの人生をひらく記録術』も似たようなことを試みています。「不真面目さ」の強調も、そうした意図があります。
いくらでもノウハウが見つかる時代だからこそ、ノウハウと付きあうためのノウハウが重要になるのではないか。そんな問題意識が私の中にはあるのです。
すごく乱暴に話を進めれば、日本においては「提示されたやり方にいかに従うのか」が重要視されていました。学校の授業しかり、入学試験しかり、会社での学習しかりです。すでに文化・規範・制度が存在していて、あとは個人がいかにそれに染まれるかが問われていたわけです。
そうした環境ではメタ・ノウハウは意識されません。ノウハウが正典であり、いかにそれに準拠できるか、という究極の根性論にしかならないからです。準拠できなれば、それは単に「劣っている」存在だと見なされてしまいます。だからこそ、皆必死にそれについていこうとするわけです。
メタ・ノウハウの提示は、そのような価値観からの変転を促します。「方法というのは、人それぞれ違っていてよいんだ」と──既存の価値観からすれば叛逆的な──メッセージを投げ掛けるわけです。
そこで行われることは、まさに「自分の方法をつくること」です。つまり、創造的行為なのです。
上に引いた記事でtksさんが述べられていることは、まさに「創造」そのものでしょう。芸術家は、他の芸術家の作品をたくさん観てそこから学び、自分の作品へと反映します。単にコピペするのではなく、自分というフィルターを通して、表現として取り込むのです。
その意味で、メタ・ノウハウは「ノウハウの学び方」であると共に「ノウハウの作り方」でもあります。クリエーションなのです。
そういう様式を自分の生活に取り入れることの素晴らしさを、個人的には考えていきたいところです。
とまあ、いつものように大きな風呂敷だけ広げておきます。
でも、上記のような本があったらきっと面白いと思います。タイトルはそうですね、『自分の道をつくる』とかでしょうか。「方法」をつくることが、自分の進む「道」を作る。英語のwayの二重性にひっかけたタイトルです。
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