10月に入りました。まだまだ秋とは思えない気温が続いていましたが、殺人的ではなくなったのが唯一の救いです。
というわけで(どういうわけで?)、デジタルノートのお話。
最近使いはじめたTekenoteとCapacitiesに刺激を受けています。
Tekenoteはカードベースのツールで、いろいろ実験的な試みが行われています。紙のノートのメタファーを最大限発揮するにはどうするのか、という思考実験を垣間見ているような印象。
Capacitiesは「オブジェクト」という概念を用いてノーティングを行うもので、用語的にはプログラミングのオブジェクト指向から来ているのでしょうが(オブジェクト指向存在論からではないと思います)、その辺の知識がぜんぜんなくても直感的にわかりやすいコンセプトだと思います。
というよりも、プログラミングのオブジェクト指向自体が「私たち人間が、対象をどう理解しているのか」という形式から生まれている印象もあり、だったらそれをノーティングに用いてもやっぱり直感的になるよね、という感じです。
私たちは物事をダラッと(つまり境界線なく)認識しているわけではありません。ソリッドな、つまり境界線をクリアに持つ「物」として捉えているのです。「人物」や「本」などが最たるもので、私たちはそれぞれを(地ではなく)図として認識しているでしょう。
で、「人物」という認識なら、年齢とか出身地とか好みとかそれぞれに固有の性質をイメージしますし、「本」や「場所」といったものも同様でしょう。それぞれを一つのグループのオブジェクトとして認識しているということで、じゃあそれをノーティングにも使おうというのがCapacitiesの思想です。
私たちはこの世界をデータとして見てるわけでもなければ、ページとして見ているわけでもありません。そういう見方は、訓練した知的な専門家の見方であって、たいていの私たちは「ソリッドな物」の組み合わせとして世界を捉えています。その捉え方をそのままデジタルノートに落とし込む。そういうのがCapacitiesの運用です。
逆説的にだからこそ「アイデア」というのはノーティングが難しいのです。それらはソリッドな物としては捉えていません。いわばオブジェクト指向における管理には不適合なのです。それを調整というかブリッジングするのが「カード」です。カードにすることによって、認識ではぐにゃっとしていた着想に一つの明確な輪郭線を与えること。それが情報処理におけるカード化なのですが、たぶんこれだけが唯一の答えではないでしょう。
みたいなことを、新しい二つの情報ツールを使いながら考えています。
皆さんはいかがでしょうか。新しいツールを使いはじめたなどはあるでしょうか。あるいは既存のツールで使い方を変えたなのはどうでしょう。
いやいやぜんぜん変わっていないよ、という話でも大歓迎なのでぜひお聞かせください。
ここの読者が満足するかは別ですが、Nothing Phhoneの会社から、ミニマル系メモ・ノートアプリが登場するみたいです。デザイン的な影響はけっこうこういうので変わってくるのでなんだかんだ楽しみにしてます!
https://www.threads.net/@nothing_newsroom/post/DAjT0bwIs6s/