短い文字数だと解釈が広がる
特に批判しようと思っているわけではない、という前置きをおいておきます。
140文字以内にきちんと収まった、はっきりしたメッセージがあるツイートです。
でも、なぜ”専門家には「気づいたらなってました」みたいな人がなればよいのか”、についての論拠は示されていませんし、”がんばってなにかの専門家になろうするべきじゃない”のかの論拠も示されていません。
論拠が示されていないので、これに反論することができないわけです。
たしかに世の中の専門家には「気づいたらなってました」的な人が多くいますが、だからといってすべての人がそうなのでしょうか。でもって、そうでない専門家の人がいたら、その人は「失敗」とか「間違い」になるのでしょうか。
この辺の話は、結局論拠が示されていないので、想像の域を出ません。つまり、これ以上先に行きようがないわけです。
一応次に「専門家になるとできなくなることも多い」と書かれていますが、専門家にならなければできないことももちろんあるでしょう。そうすると分野によっては頑張ってでも専門家にならないといけないものもあるのではないでしょうか。
その辺のトレードオフを踏まえて判断するのが健全な判断だと思います。特に、これは人生に関係する大きな選択なのですから、乱暴な論でまとめてしまうのはいささか性急さを感じます。
おそらくはこの「がんばって」という言葉の解釈が問題で、「特に好きでもないのに無理して」というような意味合いなのかもしれませんが、しかし、自分が好きな分野で頑張って勉強して、ということもあるわけで、この表現だけではそれが絞りきれないわけです。だから「そうか、自分はこの好きな分野で頑張って専門家になろうと思ったけども、止めたほうがいいのか」と思う人が出てくるかもしれません。それはちょっともったいないことだと思います。
そもそも、この「専門家」という言葉も幅が広いですね。具体的に何を指しているのかがわかりません。
だからこそ、上のツイートはぜんぜん間違いではないのです。嘘が書かれているわけでもありません。言葉の解釈の幅が広いので、意味が取りきれないだけです。
最初に述べたように、私はツイートの内容を批判したいわけではありません。単に、限られた文字数でメッセージを詰め込もうとしたら、結構無理が出てくるよな、ということを言いたいだけです。
だいたいこの文章がおおざっぱにみて1000字くらいでしょう。何かを言うのに140字以内で足りることもあれば、1000字くらいはかかることもあります。でもって、トンネルChannelが目指しているのは、140文字よりも長い文字数が必要なことを言う練習です。



記事で具体例をあげてくださったので、抽象度の高い記述から書き手の意図を正確に読み取ることの難しさが良く伝わりました。また、抽象度の高い記述では「書き手の意図をくみ取ることを諦めて、読みたいように読む」といったことも起きやすい(せざるを得ない)点も良く分かりました。読み手それぞれの文脈で解釈できるので、共感を得やすい反面おもわぬ方向から異を唱えられることも起きそうだなぁと。(これも「誤配」と呼ぶのでしょうか。)
「解釈が広がる」という表現は、改めてなるほど、と思いました。
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はじめから140字に収めるように考えてしまうことの弊害、140字では意図を正確に伝えられないことがある点、そのとおりだと思います。
(ここから記事の主旨からは逸れてしまいますが、記事を拝読しての思いつきとなります。)
考えるアプローチの1つとして、具体と抽象を行き来することがあるかと思います。単純には、ある個別具体的な事例から抽象的な概念を抽出し、別の個別具体的な事例に適用するといったことです。
複雑なことを複雑に言語化した後140字に収まるように四苦八苦する、という手順を踏めば、twitterは書き手にとって「複雑な事象を抽象化する」良い練習の場にもなるのではないか、と思いました。(もちろんこのプロセスを経ても、140字で複雑な事象を正確に伝えることができないのは変わらないのですが…。なのでこの記事の主旨から逸れてしまっています。)
抽象化の練習の場としてtwitter、具体化の練習の場としてトンネルChannel。みたいな活用を個人的に模索できないかと思いました。
※「トンネルChannelが目指しているのは、140文字よりも長い文字数が必要なことを言う練習」の記載はとてもありがたく感じました。練習で良いのだと。