苦手だったものが好きになるまで
この文章はカードマジックのネタバレを含みます。直接的なネタバレはしませんが、ネタバレが嫌な方はその部分は薄目で読み飛ばしてもらえると助かります。
10年以上前の大学生の頃の話。暇を持て余していた私と友人は、特にやることもないまま頻繁に顔を合わせていた。ファミレスでご飯を食べ、TSUTAYAで映画や漫画を借りるだけの日々を過ごしていた。
その友人が急にカードマジックにハマり始めた。覚えたてのマジックを見せたい気持ちに溢れており、結局私は友人の格好の練習相手になってしまった。
最初はマジックを見せられることが嫌だった。マジックにはあまり興味がなかった。むしろ嫌いな部類に入っていた。驚きより、馬鹿にされている、騙されて悔しいという気持ちが大きかったからだ。
そもそも私は昔から斜に構えがちな人間だ。意味のない天邪鬼な態度をとったあとで、あとから「なんであんな態度とってしまったんだ」と反省するのがお決まりのパターンの人間だ。友人のマジックに対しても同様で、それなりに驚いているのに、「ふーん、すごいね(棒読み)」という反応しかできなかった。ちなみに、友人のマジックは、ちゃんとマジックになっていた。しっかりと騙されたし、驚かされた。
友人のカードマジックのレパートリーも大して多いわけではない。何度も同じものを見せられると驚きは少なくなってくる。友人も見せるものがなくなり、ただでさえ薄い私の反応もより薄くなる。そんな状況で必然的に起こったのが種明かしだ。
マジックの種明かしを聞く。基本的なテクニックがあることを教えてもらう。
「なるほどねー(なるほどねー)」
内心驚いていたマジックが、いくつかの基本的なテクニックの組み合わせだったことを知る。
「へー、そうなんだ(意外と単純なんだ)」
そのテクニックはちょっと練習しただけでそれなりにできるようになることを知る。
「ふーん(あれ、面白いかも)。・・・俺もやってみたい!」
そうしてそれから私は友人とともにカードマジックの練習に励むことになる。
それまでマジック界隈のことを何も知らなかったので新鮮だった。カードマジックで使うトランプには定番のものがあることを知った。トランプは消耗品で、東急ハンズなどで買うとそれなりの値段(600円くらい)がするので、コストコでまとめ買いをするとお得(1個あたり300円くらいの計算になる)だということも知った。マジック・ショップがあることも知った。解説本やDVDが販売されていて、マジックのタネはお金で買えることを知った。テクニックにも難易度があって、初心者でもできる簡単なものもあれば、そんなことできるのか?といった信じられないテクニックがあることを知った。人間の錯覚や習性を利用すると、そのテクニックの効果は倍増することも知った。知れば知るほど、おもしろさが増していった。
ちなみに、私はアンビシャスカードというマジックが好きだ。当時は前田知洋さんというマジシャンがテレビで披露していたので、見たことがある人もいるかもしれない。まず観客に1枚ランダムにカードを選んでもらい、そのカードにサインをしてもらう。そしてそのカードをカードの束の真ん中に入れる。真ん中にカードを入れたにもかかわらず、指を鳴らすとそのカードが一番上に上がってくるというマジックだ。テクニックもすごいのだが、めちゃくちゃ高度なテクニックを使っているわけではない。1つ1つのテクニック自体は、ちょっとマジックをかじった私でも拙いながらできるレベルだ。何よりすごいのが構成力だ。
【ネタバレありなので注意】
身も蓋もないことを言う。真ん中に入れたカードが一番上に上がってくることがあり得るだろうか。あり得ないだろう。ということは、何かしらのタネがあるのだ。真ん中に入れていないか、もしくは一番上に上がってきたように見せているのだ。あるいは、その組み合わせかもしれない。観客の中には私のような天邪鬼タイプがいて、なんとかタネを見破ってやろうとしてくる人もいるだろう。そんな人はマジック見ている最中にタネにうっすら気づき始める。しかし、そのこともマジシャンは織り込み済みだ。観客が疑いを持つタイミング(本当に真ん中に入れているかを疑ったタイミング)で、別のテクニックを使いその疑いを晴らす(確実に真ん中に入れることを見せる。それは真ん中に入れてもなんとかなるから入れている)。つまり、マジシャンは複数のテクニックを組み合わせ、巧みな話術を用いながら、観客を騙すのだ。
【ネタバレ終わり】
マジックをかじってみたことで、マジシャンの凄さを知ることになった。これはまさに、文章を書き始めた私が感じていることだ。書くことをかじってみたことで、書き手の凄さを知ることになった。
何かきっかけがあったわけではないが、結局数ヶ月後には私たちのマジックブームは過ぎ去った。でも、いまだにマジックは好きだ。ちなみに、家族や親戚に披露してみたのだけど、バレるのではないかとヒヤヒヤして、とんでもなく手が震えて、自分でも笑ってしまった。私はマジシャンには向いていない。
書くことはどうなるだろうか。