ヤバイ人には別の方法
以下のツイートを拝見しました(ツイートの埋め込みができなくなっていますね。きっとsubstackとtwitterの仲がわるいせいでしょう)。
やることがあまりに多すぎて頭から出せない(具体的な言葉とか文字とか図とかにならない)状態に毎度困っているんですが皆さんどうしてますか 私は3週間くらい睡眠がっつりとって遊び倒すくらいしか解決策が見つけられていません 間に合わへんがな
やることがあまりに多すぎることが困りごとなのか、それとも頭から出せないことが困りごとなのか、あるいはその両方なのかちょっとわかりませんが、この辺の話題に関して自分なりのライフハック(嗚呼、ライフハック)をちょっと書いてみます。他人へのアドバイスではなく、自分はこうやっているよ、というお話です。
まず、何かやりたいことを思いついたらそのたびにメモするようにしています。買いたい本をTwitterで見かけたらメモ、Textboxの新機能を思いついたらメモ、編集者さんからのメールを読んでタスクが生まれたらメモ、という感じ。
この際はあまり粒度にはこだわりません。細かく書くのがベストですが、それを義務化してしまうとそもそも書くことができなくなるので、大雑把でOKとしておきます。
で、正統(?)なタスク管理ではこうして書き留めたメモを適切に処理してうんぬんというわけですが、倉下はそこまではやりません。「買いたい本」みたいなそれ以外にはカテゴリが作りようがないだろう、的なものはリストを作りますが、そうでないものは単にそうして書き留めておくだけです。
たまに見返して、タスクを細分化することもありますが、それも義務ではなく「いや、さすがにこの表現だと来週の自分が困るだろう」と思ったものについてだけちょこっと手を入れるという感じ。大雑把でOKです。
こういう大雑把な管理をしていても、すげー効果みたいなものはぜんぜんありません。たまにやり忘れることを防げるかも、というくらいのものです。当然、すべてのことを達成もできません。でも、しゃーないです。できないものはできない。これが倉下のモットーでもあります。
で、上記はやりたいことが発生してからの話なのですが、実際はそれ以前の工夫と努力があります。
そもそも倉下は”知的好奇心が豊富”(単に専門領域がないとも言う)です。そういう自覚があります。だから、気を抜くとほいほいといろいろなものに興味の手を伸ばし、結果たくさんのやりたいことが産出されてしまいます。でもって、とっちらかった状態に陥ってしまう。それはもう40年ほどの人生経験から学んできました。
だからそもそもの窓をきわめて小さくするようにしています。一番のポイントはTwitterでしょう。本当はいろいろフォローしたい人がいるのです。たくさんの話題を追いかけたいし、一つの話題でも広く追いかけておきたい。好きな著者や出版社もチェックしておきたい。
でも、そういう環境に身を置いたとき、自分がどうなるのかは十分に承知しています。自分の手に収まらない(というか自分の家に収まらない)ほどに興味を持ってしまうのです。
だからTwitterにおいてはフォローする人をほとんどストイックなまでに制限しています。読みたくないものをフォローしないのではなく、読みたいものであってもフォローしないのです。
そこまでやらないと、自分の好奇心は暴発してしまいます。他の人はどうかはわかりませんが、私はまず間違いなくそうなります。
逆に言うと、そうやって窓を狭めてなお、私の好奇心は十全に発揮され、手に余るほどの情報を手にしてしまっています。ここまで制限してなおこの状態なのです。制限しなければえらいことになっているでしょう。
結局のところ、この二つのアプローチに共通するのは「だいたいでOK」と割り切ってしまうことでしょう。すべてを追い求めるのを止める。
ただしこれは、本当に歯を食いしばるくらいにつらいことです。たとえるなら長年の喫煙者にとっての禁煙行動です。ここではこんまり流の整理術は効きません。なにせすべてが私の心をときめかせるのですから。
その意味で、あの整理術は知的好奇心が常識の範囲に収まる人だけが使える方法でしょう。私のようなちょっとヤバイ人間にはもっと胃がキリキリするような基準がないと整理なんてとてもできません。
そう考えてみると、さまざまな仕事術・情報整理術はあまりにも「正常な人」向けという感じがしてきますね。たぶんちょっとヤバイ人間にはそれに合った方法があるのでしょう。

