ポメラを16日間つかって考えたこと
ポメラをつかいはじめて、2週間と少したちました。予想以上にすばらしいと、今も感じています。
文章を淡々とかいていくことができます。文章をかいている、それだけでラッキー!と自然に思えてきます。
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大きな文章をポメラでかくには、工夫が必要かなとも感じはじめています。たとえば
Macをひらいてアウトライナーで、あるいはインデックスカードをつかって、アウトラインをああだこうだ組み立てる
ポメラをひらいてそのアウトラインをながめながら文章をつくる
必要になったらMacやカードで、ポメラの文章をみながらアウトラインを組み直す
ポメラにもどって文章をつくり直す
納得できるまで3と4をくりかえす
という感じでしょうか。
2のポメラをひらいて、たとえば左に置いたMacBookのBikeの画面をみながら、ポメラでかくプロセスがポメラならではじゃないかと、ホクソエンデいます。
「デジタルな技術の粋を集めているのに、妙にアナログな動作です」を目指した活動です。
ぼくの心のポメラマスター、Hibiki Kurosawaさんが「かーそる」2号にかいた、世界中のポメラパダワンへのことばです。
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アウトラインの組み立て作業と、文章をかく作業を別々にやるなんて、ぼくにはできないと思っていました。実際、できない可能性が高い気もします。
でも、今かいている「かーそる」の原稿を、そうやって、もっかいかきはじめてみるのもいいかなとタクランだりしています。
「かーそる」の原稿は、それほど大きな原稿ではありませんが、最初は小さくはじめるがいい、とLeo Babautaさんもいってます。
できない可能性が高いけど、やってみたい。これもポメラのおかげの挑戦です。
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あるいは、ポメラでは大きな文章をかかない、という工夫もあります。
大きな文章をかかないけれど、できるだけポメラでかける大きな文章をかくという小さい挑戦をつづける、という作戦です。
意味不明ですね (笑)。
...と、そんな文章をポメラでかいたりしています。


確かに私も、ポメラを使って文章を書くことができているだけで、ラッキーと思えてきます。ラッキーと思える感じが、ポメラを使いたいと思う、大切な動機になっているような気がしてきました。
私は、名刺サイズの情報カードか、小さなノートにメモを手書きします。手書きしたメモを横目で見ながら、ポメラで文章を書きます。いつも、妙にアナログな動作で文章を書いているようです。アナログですけれど、文章は、情報は、私を通してちゃんとつながっています。ネットワークを通して、知らぬ間に文字と情報がつながっているデジタルな道具にも、なかなかどうして負けていません。