あこがれの Evernote つかい
ぼくがしっている、かっこいい Evernote つかいのひとりは、Hibiki Kurosawa さんです。
彼が『かーそる創刊号』にかいた「名刺サイズの心と言葉」に登場する、ノートを記録する風景は、今もあこがれの知的生産の風景です。
*
まず、名刺サイズの情報カードに、文章をかく。淡々と手がきでかき、それを Evernote にとりこむまでの風景。
Hibiki さんによると、手がきという速度の制約と、カードという面積の制約が、自分の文章の重要な要素になっている。
勝手な想像ですが、情報カードに原稿をかくことで、適度な自由さが得られるようによめました。小さいからたくさんかかなくていいし、目の前のカード一枚分の文章にフォーカスできる。
名刺サイズですから、本当に小さな断片です。でも、彼にとって小さ過ぎず、大き過ぎず。名刺サイズの情報カードにかくことで、自分の文章がつくられる。
そしてそのカードを ScanSnap でよみこめば、データが自動的に Evernote に入る。元のカードはゴミ箱へ。
それが原稿になるのか、ログになるのか、新しいアイディアの出発点になるのか。
こうした手がきを大切にしている様子から、たとえば、Evernote の検索結果を見ながら、手がきでカードに原稿をかいたり、ポメラで原稿をかくこともあるのかなと、予想しています。
*
このノートシステムは、ぼくにとって、Tak.さんの記事に登場する、インデックス・カードから手紙をかくあのデボラさんと同じくらいに、知的生産の憧れの風景です。
でももちろん、そのマネはできません。
今のところ、名刺サイズであっても、ぼくにとっては、大き過ぎる (固定され過ぎているといった方がよいかもしれません) 情報単位だから、ぼくにはダメなのかなと考えています。
これは、ぼくが Evernote だけでなく、Scrapbox や Obsidian を考える道具として使えない理由とも関係していると予想しています。

